ドイツで学んだこと

サッカー

学びとはこれほどに豊かな時間だっただろうか、とどこまでも心地良く、もっともっとと欲が出て日常に戻るのが寂しくなる、そんな経験をさせてもらった

目の当たりにした景色からも尊敬する人との会話からも、感じたことは枚挙にいとまがない。のでここでは一つだけ。

特に心に残ったのが、成長には順番(段階とも言えるかも)があるということ。

ケルンで見たアカデミーダイレクターの練習は、テーマにそってシンプル→複雑といった感じで各メニューに人数や動きの制約を加えながら進められた。池上さんにも、キックはどうやって身につけられるのか、なぜドイツの子供がプロとほぼ同じような試合運びができるのか、何から始めるかということが大事だということ等、面白い話をたくさん聞かせてもらった。

丁寧な段階作りが大切なのだと。この段階作りをおざなりにしたり、動き(プレー)をもって通るべき段階を言葉による説明や命令だけで飛び越えようとするのは指導者の怠慢であると心に留めた。

階段はジャンプできないのだ。人によって進む速度が違うだろうし、時に2段、3段は飛び越えられることがあるかもしれないけれど、それでもやっぱり段階をしっかり踏んでいくのだと思う。

この段階についての学びが自分の人生とも重なるように思ったからこれほど心に残ったのだと思う。一人で海外に飛び出した。これはもう2度目のことで、もはや出ること自体は私にとって特に難しいことではないし、歩き始めた道をどう歩いていくかというのがとっても難しいことだと日々感じる。決まった道はなくてどこにも向かえるからこそ、どこに向かえばいいのか分からなくて、遠くばかりを見たくなってしまう。今回の学びで、ああ自分も時々ジャンプしようとしてたんだなと腑に落ちた。

私はただただ人との縁に恵まれていて、尊敬できてとにかく長生きしてほしい人が何人もいる(笑)

そんな人たちに囲まれているとつい、ないものねだりをしたり、卑屈になったりしてしまうことがある。しかしそんな人たちが今もなお足を運んで、自分の目で見て、他人の声に耳を傾けて、さらに周囲の人をも巻き込んで、まだまだ学ぼうとする姿勢を目の当たりにして、どんなにすごい人でも一歩一歩しっかり歩んでいるのだと思い知った。なんて果てしない道だろうか。気が遠くなりそうになったけれど、同時にワクワクするような感覚が胸をついた。確かに今、100%満足できるような環境は作れていないけれど、でもそんな今がこの先自分のやりたいことに近づく段階の一部になっていると思いたい。そして次の段階はもう少し自分でデザインしてみるのはどうかと、見つめ直すきっかけももらった。

最後にもう一つ。ドイツでまわったグラウンドはどこも豊かな自然に囲まれており、ただサッカーができる場所ではなかった。360度の緑が、木陰から差し込む光が、本当に心地良かった。その街の一部となり、そこに住む人々が集い、ボールを蹴る。勝ち負けの熱が沸き立つところであると同時に、人と人、もっと言えば生き物が繋がり共に豊かな時を過ごす、そんなことを感じる空間であった。

このことも忘れないでいたい。

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